全然エントリーしないでいたら、
写真がたまる一方でした。
ということで番外編。

二人で唄うは「愛が生まれた日」

大〜好きな友人H氏。結婚本当におめでとう。(:_:)

オマイらは何やっていても口説いてるように見える。(笑)

心霊写真?



飲み仲間

冬の横浜は全てが恐ろしくキレイ。

旦那さん

じん君バースデー

ふぁぁぁぁぁぁ!!
私がPCを購入した最初のキッカケは、
最初の結婚の時に経営してた会社の経理をPCで処理するためでした。
計算音痴の私が電卓で正確な数値をはじきだせっこないもんね。
最初はモデムもつけず、経理ソフトばかり使っていたのですが
電話線をつなげたらインターネットというものに接続できて、
いろんな情報が見れるらしいという話を小耳にはさみ、
いざ環境整備→接続開始。
へーーー、これがインターネット!?
た の し い ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
あれよあれよという間に、ネットの楽しさに魅了され
当時の月の電話代は10万円以上。
どっぷりネット中毒患者。
そんな私に腹を立てた前の旦那さん。
「いい加減にしとけよ?」
とか言われても、楽しいもんはやめられねーよ。
一度はコソコソ隠れてやるようにしていたのですが、
まー、もともとうまくいっていない夫婦関係。
さらにコイツにさらに嫌われたところで、
たいしたことなくね?と開きなおることに。
相手の嫌がることを堂々と目の前でしてるわけですから
当然といえば、当然なんですけどね…。
ある日夜中にニヤつきながら、
カチャカチャと、パソコン通信にいそしんでいた時のことです。
ふと殺気を感じて振り返ってみると、
ハンマーを振りかざした旦那が私の背後に立ってました。
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。(◎_◎;)
頭 か ち わ ら れ て ま う!!!!
とっさに自分の頭を手でかばったのですが、
その瞬間、がっちゃーーーーん!!
とすごい音がしました。
あ た ま わ れ た ? ( ゚Д゚)
あれ?でも痛くないみたい…。
もしかして、これが即死っていうやつ???
と思ったのですが、どうやらカチ割られたのは私の頭ではなく
モニタだったようです。
ひーーーーーーーーーーーーーー。(◎_◎;)
わたしの 愛するパソコンがーーーーーー!!!!
モニタから飛び散ったガラス片をモロに浴び、
全身、ガラス片まみれになる私。
しくじった。
大事なこと忘れてた。コイツは、
き ち が い だ っ た ん だ。
色んな意味で怖くなって身動きできずに
その場に座り続けていたのですが、
彼は狂ったようにモニタをかち割りつづけてらっしゃいました。
しかし、これまで何度も修羅場を生き延びてきた私が
これっぽっちのことでめげるわきゃーございません。
私の一生の仕事となるであろう
インターネットとの劇的な出逢いは
そんな狂気などに負けるわけにはいかなかったのです。
当時、17インチのモニタといえば
10万円近くもする代物だったのですが
翌日すぐに新品を買ってきて、すかさず設置。
旦那さんが帰ってきたときには、
カチャカチャとキーボードを叩きながら
「何度でも買うから、やりたきゃやれば?( ̄ー ̄)」
と挑戦状をたたきつけてみたのですが、
さすがに呆れはてたようで、
以後、私のPC中毒は公認されることになりました。
それ以来、私の中での彼の呼び名は「ハカイダー」。(笑)
予定されていた結婚式の5日前、旦那が逮捕されました。
はあああああああああああ?( ̄△ ̄;)
招待客どーすんのよ!!!!!
しかも妊娠5ヶ月。お腹に赤ちゃんいるんですけど!!!!!
何かの間違い、きっとすぐに出してもらえると簡単に考えていたのですが
さすがに一人で警察署に行ける勇気もなく、父に一緒に行ってもらうことに。
子供の頃、無理矢理習わされていたピアノ。
イヤでイヤでたまらなかったのですが、
鬼ババァの母が絶対に辞めさせてくれなかったので
結局、10年くらい習っていました。
10年も習っていたのに、
今では「猫ふんじゃった」くらいしか弾けないのですから、
いかに大嫌いだったか、安易にご想像頂けると思います。(笑)
当時、あんまりに行きたくないものだから
先生の家に着いてもチャイムを鳴らさずに、
玄関の前で道路に字書いたり、
空眺めてみたり、チェーリング投げてみたり、
ありんこ踏んづけてみたり、電柱に登ってみたりしてみるものの、
窓が開いて「早く入っていらっしゃい!」の一声で完敗。
がびーーーーん。( ̄△ ̄;)
誕生日に買ってもらったセキセイインコの「ピッピちゃん」。
どこに行くにも肩に糞よけのガーゼのハンカチを乗せて連れ歩く程の溺愛ぶり。
あのくりくりの真っ黒な瞳に見つめられてメロメロになると
ピッピちゃんの頭を丸ごと口の中に含み、
そのまま噛み砕いてしまいたい衝動によく駆られてたっけ。(笑)
ご飯の時も肩に乗せ、
お風呂に入る時はドアを開けっ放しでピッピちゃんの存在を確認しながら、
寝るときももちろん枕元に置いて、
ピアノ教室に行くときはかばんの中に忍ばせて、
公園で遊ぶ時はポケットに入れて、とにかくいつも一緒。
パリス・ヒルトンのティンク状態。(笑)
風邪をひいて扁桃腺が腫れ上がってしまった時に、
力づくで病院に連れて行こうとしてもテコでも動かなかった私に
母は困り果てたのでしょう。
軒先にかけた鳥かごを見ながら、母親が叫びました。
「大変!!ピッピちゃんが死んでるぅーーーー!!」
愕然とした私は顔を上に向け、口をあんぐり開け、
軒先にぶらさがっている鳥かごを顔面蒼白で見上げました。
そのとたん、ルゴール薬をたっぷり含んだ棒が私の喉仏を直撃。
母いわく、私の風邪にはルゴールが一番効くとのことで
「なにがなんでも塗りたかったんだもの!」って、
たかがルゴール塗るためだけにピッピちゃん死亡事件を
でっちあげた母を今でも決して許すことができません。(笑)
そんなピッピちゃんと悲しい別れがやってきます。
いつものように羽根を切ってあるので飛ぶことができない
ピッピちゃんを庭先に放し飼いにし、
その横でお友達とお母さんごっこをしていた時のことです。
お母さん役に夢中になってしまった私は、
「はいはい、ご飯ですね?すぐに用意しますよ〜」とか
ホザきながら、ままごと道具に手を伸ばそうと一歩足を踏み出してしまいました。
その時です。
「ぎゃああああああああ」とピッピちゃんのものすごい悲鳴が聞こえました。
そうなんです...。
なんたることか、私は最愛のピッピちゃんのか細い足を踏んでしまったのです。
鳥にとって足を骨折してしまうことが命を落とすことだと知らなかった私は
地面の上でバタバタするピッピちゃんを握りしめ、
一目散に家の中に飛び込んでいきました。
日曜日だったのかな、家にいた父に
「ピッピちゃんの足ふんじゃった!お願い!病院に連れて行って!」と
泣き叫びながら懇願したのですが、
「もう助からないよ。諦めなさい」と宣告され、
「お願い!お願い!病院行く!」と狂ったように泣き叫んでいたことを
はっきり覚えてます。(:_:)
その後、5分もしないうちにピッピちゃんは私の手の中で息絶えてしまいました。
あんなに可愛がっていたのに、私が殺したんだ!
自責の念で胸が張り裂けそうになってしまい、
多分、幼い私の感情の限界を超えてしまったのでしょう。
こんなにお願いしたのに、病院に連れて行ってくれないなんて!
いつか大人になったら、あたしがお前を殺してやる!とか
意味不明な恨みまで始める始末。
けれど泣けども泣けども、ピッピちゃんは生き返りません。
身体はどんどん硬くなり、あんなに可愛かったくりくりの瞳が
しわしわのまぶたに覆われてしまいました。
今思い出しても、胸が張り裂けそうです...。(:_:)
三日三晩、泣き続けたのはあの時が初めてでした。
これ以上、放置しておくと身体が腐ってしまうよと忠告を受けた私は
庭先にピッピちゃんのお墓を作り、丁寧に埋葬しました。
が、これまた恐ろしい価値観の園児であった私は
翌日になって、大事なものを取り忘れたことを思い出しました。
ピッピちゃんの形見として、その羽毛を一生持ち続けることが
せめてもの償いと考えたのです。
ほんとーに、お前は幼稚園児かよ?
慌ててピッピちゃんのお墓を掘り起こし、
ピッピちゃんの身体からプチプチと、綺麗な色の羽根を抜き取りました。
そして宝物箱の中に大事にしまい、
いつまでもピッピちゃんのことを忘れない!と心に誓ったのであります。
今もちゃーんとピッピちゃんの羽根、とってありますよ〜。
あたしが死んだ時に一緒に埋葬してくれって、遺言書に書かなくちゃ。
ボロボロの箱から羽根だけ出てきたら、
「なんかの宗教でもやってたのか?」とか心配されちゃうもんね。(笑)
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