That's 日本の父

子供の頃、無理矢理習わされていたピアノ。
イヤでイヤでたまらなかったのですが、
鬼ババァの母が絶対に辞めさせてくれなかったので
結局、10年くらい習っていました。
10年も習っていたのに、
今では「猫ふんじゃった」くらいしか弾けないのですから、
いかに大嫌いだったか、安易にご想像頂けると思います。(笑)


当時、あんまりに行きたくないものだから
先生の家に着いてもチャイムを鳴らさずに、
玄関の前で道路に字書いたり、
空眺めてみたり、チェーリング投げてみたり、
ありんこ踏んづけてみたり、電柱に登ってみたりしてみるものの、
窓が開いて「早く入っていらっしゃい!」の一声で完敗。
がびーーーーん。( ̄△ ̄;)

ある日、いつものように玄関先で一人でゴネていた際に
ふっと横のお宅を見ると、可愛いセキセイインコが目に入りました。


その頃のあたしときたら、大のインコ好き。
誕生日、クリスマスなど人から物をもらえる時は
必ず「インコちょーだい。」というマニアな子で、
あんまりに数が増えすぎて、鳥かごには収まらなくなり
見るに見かねた父が、庭に自作鳥小屋を立ててくれた程のインコバカ。


あーんど、ピアノに行きたくない私なわけですから
目の前のインコに飛びつかないわけがありません。


「インコ可愛いねー。」と、
塀越しにそのお宅のおっさんに話しかけてみると、
「ほら、入ってこい。」と返事が聞こえて
恐る恐る知らない人のお宅の庭に足を踏み入れる あたし。
昔っから、逃げるためには何でもやってのけたのねん。


そのおっさんときたら、サザエさんの波平もびっくり、That's 日本の父。
今思えば、ピアノの先生の方がよっぽど怖くないだろうに...。(=_=)


かくかくしかじか、逃げ場を見つけた私と
おっさんとの交流が始まったわけです。


知らない人のお宅に入り浸り、
よそのお宅のインコまでも我がペットのごとく飼い慣らし、
ジュース、茶菓子は当たり前。
腹が減ったとおにぎりを作らせ、
「お母さんに怒られたんだよね...。」とか
ガキの人生相談に何時間も付き合わせ、まるでここは我が別宅。
ある日遊びに行ってみたら、
私専用の子供用スリッパが用意してありました。(笑)


そんな隠れ家を持っていることを両親には内緒にしていたのですが、
ある日、まんまとピアノの先生にチクられてしまい、
「危ないからもう二度と行っちゃダメよ!」と激怒されてしまいました。


あの素晴らしい環境を私から取り上げるなんて
こいつはやっぱり鬼ババァだ!(:_:)


しかしそこは、さすがの私。
火事場のアドリブ的な原動力で母親を無理矢理おっさん宅に連れて行き、
「お母さんがもう来ちゃだめだって言うの!説明してやってよ!」
と泣き崩れてみたところ、
さすが旧・国鉄の教員をされていたThat's 日本の父。
的確な説明と、波平風の人格に
晴れて我が母の不安は消え去り、公認の中に昇格。
欲しい物は何が何でも手に入れるガキだったんだな〜。(笑)


その後、おっさんと私の両親も超仲良しになり、
旅行に行ったり、私をさて置きスナックで酒盛りしたり、
家族ぐるみの付き合いに発展していきました。


公認になったのは嬉しいけど、
秘密基地ぢゃなくなってしまったことが残念で
「あたしだけの叔父さんでいて欲しかったのよ?」とか
「今日はお母さんに来てないことにしておいてね!」とか、
あたしってば、超かわいいっーー!的な
わがままを爆裂させていたのはいうまでもありません。


そんな交流の中で、
子供だった私は全く察知することができなかったのですが、
お子さんを幼い頃に病気で亡くしてしまった経験をもつおっさん夫婦は、
生きていれば同じ年頃だろう私のことを
我が子のように可愛がっていてくれていたそうなのです。


おっさん夫婦に私を養女に欲しいという話を切り出された私の両親は
なんで手放してくれなかったのか、恨むに等しいのですが(笑)、
丁重にそのお話をお断りしたそうです。


数年の後、おっさんは仕事の事情で引っ越しされてしまうのですが
移転先にも何度か遊びに行ったものの
私も年頃を迎えてしまい、友人と遊ぶことに夢中になってしまって
なんとなく疎遠になってしまいました。
おてんばな身なりの私を見たら、
堅物のおっさんの心臓止まっちゃうかもしれなかったしね。(笑)


最初の結婚をした時は挨拶に行ったのですが
悪夢のような結婚生活となってしまい、
幸せになれよ!と背中を押してくれたおっさんに
なんとなく会わせる顔がなくて、さらに疎遠に。


歳月は流れ、それから20数年。
今年の始め、おっさんの自宅近くに足を運ぶ機会がありました。
20年以上昔に訪れた土地を訪れたとたん
急に「今の私なら堂々と会える!」という思いがこみ上げ、
ものすごーーーい会いたい気持ちに駆られたのですが、
20年以上前に遊びに来ただけだもん、場所わかんねーよ。(=_=)


が、あたしってば、ホンットにすごい。
小一時間ほど迷った挙げ句、
なんと!おっさんの家を探しあててしまいました!!( ̄▽ ̄)V


しかし、同時に大きな不安に襲われました。
なんせ20年以上前の出来事。
違う人が住んでいたら?
あたしを覚えていなかったら?
どっちか死んじゃってたら?
・・・・・・・・・・・・・・。


玄関先でうじうじすること10数分。
勇気を振り絞ってチャイムを押すと、ガラガラっと
庭先の窓が開きました。


おっさんだーーーーーーーーー!!(:_:)
相変わらず日本の父の風貌だよ!!!
生きてるよーーーーーーっ!!!


むろん、あたしの感動がおっさんに伝わるわけもなく、
「何の用だい?うちは何も買わなねーし、何にも加入しねーよ?」と
世間は「オレオレ詐欺」が大ブーム。
その警戒心は立派ですが、
よりによって、あたしを押し売りと思うなんて。(━┳━ _ ━┳━)


「すみません、覚えていらっしゃいますか?
子供の頃大変お世話になった薫です...」と
蚊の泣くような声で、身分を証明するあたし。

「えっ!! あの○○の薫か...?(絶句)」


「はい、その節は大変お世話になりました...。」


「何やってる!早く入ってこい!!!!」


20年ぶりの再会。
おっさんは数年前に一度倒れたそうですが今は元気になって
引退後、今は将棋クラブの会長を勤めていらっしゃるそうで
相変わらず波平でした。
おばさんも相変わらず茶目っ気たっぷりで、
突然の訪問にもかかわらず、たくさんの手料理を食べさせてくれました。


まめな性格のおっさんは、毎日の出来事を手帳に書いており、
私との出会いや、一緒に行った旅行、
伊豆のシャボテン公園で新種のランの名前を公募していた際に
私の薫という名前からとって「カオラン」という名前で応募して
当然だろーよ、採用されなかったことなど
たくさんの思い出パンチをくらいました。


あああああ、勇気を出してチャイム鳴らしてよかったーーー!(ノω・、)


会話の最中に、ふと床の間に目をやると
どこかで見たことのあるガラスケースに入った日本人形を見つけました。
うーん、見たことある...。
私の疑問に気がついたおっさんが、教えてくれました。


「おじさん達が引っ越しする時に、お前のお母さんが
『薫だと思って大事にしてね』ってくれた人形だよ。
あれからずっとこの場所に飾ってあるよ。
いつもおばさんと二人で、「かおは元気かな?」って話してたんだよ。」


って、泣かせる話しぢゃねーーーかーーー!(号泣)


昔、さんざん見せたであろう、しゃくりあげ&ひっくひっく状態なくせに
年だけ食っちゃってるもんだから、言葉は丁寧語という変な生物になりながら、
「その節はぁ、ほんどーに大変お世話になりまぢだぁ。((o(;△;)o))」と
おでこが擦りむけるんぢゃなかろうかくらい、
畳に頭をこすりつけて感謝の言葉をお伝えいたしました。


こんな私を可愛がってくれて、本当に本当にありがとうございました。
おかげさまで30を過ぎ、毎日忙しく働いています。(:_:)


今は生意気に忙しい毎日を送っていますので
頻繁に会いにいくことができませんが、
数十年分の感謝を心より込めて
季節ごとに美味しいフルーツをお贈りしますので
どうか本当に本当にいつまでお元気でいてくださいね。

大ーーーーーーー好きなおっさんへ!

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■まるこ かおる
神奈川県横浜市。
Web制作会社 Studio Fix Inc.代表取締役。
寝ても覚めてもWEBが大好き。たいした才能を持たずしてクリエイティブな仕事に憧れて始めたWEBデザイン。気が付けばなぜかWeb制作会社を経営してます。はて?

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